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2007/10/23

「堂入り」満行

比叡山の荒行「千日回峰」、星野圓道師が「堂入り」達成
(2007年10月21日20時7分  読売新聞)
 比叡山の荒行「千日回峰」のうち、山中の明王堂(みょうおうどう)(大津市)に9日間籠(こ)もる「堂入り」に挑んでいた延暦寺大乗院住職、星野圓道(えんどう)師(32)が21日未明、満行した。

 達成は6年ぶり、戦後12人目。

 

星野師は13日午後から、食事や水を断ち、不眠不休で不動真言を10万回唱え続けた。21日午前2時56分、星野師が両脇を支えられ、堂内からゆっくりとした足どりで姿を現すと、待ちわびた約600人の信者らは、手を合わせて真言を唱和した。

 

「堂入り」は、千日回峰700日終了後の行で、最難関の苦行とされる。満行した行者は生身の不動明王とされ、「当行満阿闍梨(とうぎょうまんあじゃり)」と称される。

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[写真①:付き添いの僧に両脇を抱えられ堂を出る星野師(大津市の明王堂で)=代表撮影]

Doiri_mangyo_02 [写真②:難行の「堂入り」を終え、比叡山中の明王堂を出る星野円道さん(中央)Photo By 代表撮影]


(「堂入り」時の記事)

比叡山・千日回峰行で最難関の「堂入り」に 星野圓道師

2007年10月13日 朝日新聞

 比叡山の峰などを1千日間にわたって巡る荒行、千日回峰行を続けている延暦寺の大乗院住職、星野圓道(えんどう)師(32)が13日午後1時、大津市坂本本町の無動寺谷明王堂で最大の難関といわれる「堂入り」の行に入った。21日までの9日間、堂にこもり、断食、断水、不眠、不臥(が)で、不動明王の真言を10万回唱える。堂入りする行者は6年ぶりで戦後12人目。満行すれば「当行満阿闍梨(とうぎょうまんあじゃり)」と称され、生身の不動明王とされる。

写真「堂入り」の行に入る星野圓道師=13日午後1時、大津市の比叡山で(無動寺谷堂入り事務局提供)

 星野師は東京都生まれで、03年3月に千日回峰行に入った。1日に約300カ所を礼拝しながら約30キロ歩く修行をこれまでに700日終えた。堂入りを満行した後は、1日当たりの歩行距離がさらに長くなり、09年に1千日に到達する予定という。

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[写真:「堂入り」の行に入る星野圓道師=13日午後1時、大津市の比叡山で(無動寺谷堂入り事務局提供)」


千日回峰行

 千日回峰行は、十二年籠山行を終え、百日回峰行を終えた者の中から選ばれたものだけに許される行である。
 行者は途中で行を続けられなくなったときは自害する決まりで、そのために首をつるための紐と短刀を常時携行する。
 頭にはまだ開いていない蓮の華をかたどった笠をかぶり、白装束をまとい、草鞋ばきといういでたちである。回峰行は七年間にわたる行である。

 無動寺谷で勤行のあと、深夜二時に出発。真言を唱えながら東塔、西塔、横川、日吉大社と二百六十箇所で礼拝しながら、約30キロを平均6時間で巡拝する。

 700日目の回峰を終えた日から堂入りが行なわれる。無動寺谷明王堂で足かけ九日間(丸七日半ほど)にわたる断食断水断眠の行に入る。
 入堂前に行者は生き葬式を行ない、不動明王の真言を唱え続ける。

 

出堂すると、行者は生身の不動明王ともいわれる大阿闍梨(だいあじゃり)となり、信者達の合掌で迎えられる。

 

これを機に行者は自分のための自利行(じりぎょう)から、衆生救済の化他行(けたぎょう)に入り、これまでの行程に京都の赤山禅院への往復が加わり、1日約60キロの行程を100日続ける。
 7年目は200日ではじめの100日は全行程84キロにおよぶ京都大回りで、後半100日は比叡山中30キロの行程に戻り、千日を満行する。

 

この行を終えた行者は延暦寺の記録では47人である。
 またこの行を2回終えた者が3人おり、その中には現存の酒井雄哉大阿闍梨も含まれる。

 なお、千日回峰行を終えた者は京都御所への参内が許されるが、その際は土足のまま参内する。
 通常京都御所内は土足厳禁であるが、千日回峰行を終えた者のみ、御所へ土足のまま参内できる。




少し遅くなりましたが、「堂入り」の時から、注目していた話題です。

インターネットや携帯電話、さらに再生医療も現実のものになろうとしている21世紀。

この現代社会で、「荒行中の荒行」と言われる最難関の修行に突き進むところが、すごいと素で敬服してしまいます。

下々の感覚からすると、自殺行為とも言えそうな修行。
いやあ、無事達成されて、本当に良かったです。

お堂から出てくる現場に居合わせたりすると、信者でなくても手を合わせてしまいそうです。

もうひとつ、下々の人間から言わせてもらうと、ネットもなく、携帯も手元にない状態。

私も含めて、耐え切れない人がウジャウジャいてます。

そこで浮かんだ疑問。








人間とは、なんぞや。





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文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

競馬の神様だけ信心してるSPです(笑)

>行者は途中で行を続けられなくなったときは自害する決まりで、そのために首をつるための紐と短刀を常時携行する。

今まで、自害した人、いてたのでしょうか??

偉いお坊さんが、日本では それほど庶民のために
なにかしてくれるっていうわけでもないので
なんか、せっかく修行しはったのに
もったいないなー
なんて、不謹慎にも思ってしまいました

ダライ・ラマ14世
http://ja.wikipedia.org/wiki/ダライ・ラマ14世

こんなかんじが理想ですね^^

投稿: サワヤカプリンセス | 2007/10/24 16:19

>SPさん

一応、ブログを書く前に自害した人を調べてみたんです。
でも、見つかりませんでした。
比叡山の歴史からすれば、過去には、達成できなくて自害した人もいると思います。
しかし、なかなかそういうことは、表ざたにはしないかもしれませんね。

こういう荒行をした坊さんが、どれほど世の中の役にたっているかは、誰しも思うところです。

「殺生をしてはいけない」「人のために尽くせ」といった教えは、「法律」というもので規定されており、坊さんがどうこう言っても仕方がありません。

僕の個人的な考えでは、荒行に立ち向かい、そして達成しようとする星野圓道師の「生きざま」が人の心に響くのではないでしょうか。

その「生きざま」をどう捉えるかは、人それぞれですけどね。

ダライ・ラマは、置かれている状況がねぇ。
かの国では、人民が自我に目覚めてもらうと、収拾がつかなくなるので、やっぱり困るわけです。

なにしろ、自然災害が起こると、1000万人ぐらいだったかの被災者が出る国です。
ケタが違いすぎて、わけがわかりません(^^;

投稿: 新猛虎道 | 2007/10/24 19:51

今、気がついたんですが・・・。

1枚目と2枚目の写真で星野師の胸元に見える棒切れのようなもの。

これって、もしかして、短刀でしょうか?

1枚目の顔つきと短刀を見ているうちに、今回の荒行では、「自害」というのが現実にあり得たのかもしれないと思い始めました。

投稿: 新猛虎道 | 2007/10/24 20:27

>1枚目の顔つきと短刀を見ているうちに、今回の荒行では、「自害」というのが現実にあり得たのかもしれないと思い始めました。

多分、というか、絶対 あったと思います

宗教って、スゴイパワー 持ってると思うんですよね
こないだ、テレビでイスラム教徒の人が
新潟の震災にあった地域をボランティア活動してたこと報道してました
『人間性が一番』
イスラムの教えって、イメージ的に
過激なかんじしてたのですが
この人達は、困った人は助けて
世界が平和でありますようにみたいな考え方でした

何が言いたいのかちょっとわからなくなってきましたが
なんか、外に対してアクションを起こしてほしいのです
わかる人にはわかる
ではなく、わかってくれるように自分から動く
みたいなこと、徳を積んだ方にこそ
世界に向けてしていただきたいなー
などと、適当で浅〜いSPの意見ですので
軽く流してください^^


投稿: SP | 2007/10/24 22:28

SPさん、おはようございます

目に見える行動を、というのは、よくわかります。
裏千家の千玄室さんは、世界の各地で茶を入れるという行動で、「和敬清寂」の精神と世界平和を訴えてこられました。

カトリックも、戦争をはじめ、ことあるごとに、公式見解を述べています。

これだけの修行を積んだ坊さんにも、何か行動を起してほしいとも思います。

しかし、昨日は、眠くてたまらず、かなり早い時間に寝てしまいました(^^;
このところ、仕事以外にすることが増えてしまって、寝不足だったのです。

まあ、わかる人にはわかるのですが(笑)

投稿: 新猛虎道 | 2007/10/25 07:34

このニュースを耳にして思ったこと

九日間飲まず食わずやったら痩せられるやろうなぁ。。。

モコミチさんのブログを読んでわかったこと

私の好きな京都の”阿闍梨餅”の阿闍梨
偉い坊さんの称号(?)やったんや。。。

で人間とは、なんぞや。
ですが
わかりません。。。
山にこもって修行したらわかるんとちがいますか

投稿: ヒラリ | 2007/10/27 00:23

それと星野円道さんが32歳ということに興味がいきました

32歳でなぜそのような修行をしようと思ったのかとか
仏門に入るきっかけは何だったんだろうとか・・・

若干?32歳で極めてしまったら
後はどのようなことをして過ごすんでしょうね

投稿: ヒラリ | 2007/10/27 00:37

ヒラリさん

> 九日間飲まず食わずやったら痩せられるやろうなぁ。。。

この件に関しては、ガッツ石松がコメントされてます。
ガッツさん曰く「断食中の心境は「ラーメンとか汁物も頭に浮かぶが、何より水。バケツいっぱいに飲みたくなるし、金魚になりたくなる」と語る。」

さすがデス。
かねてから、ガッツさんのコメントに爆笑させられてきたワタクシは、今回も、”金魚になりたくなる”で、思わず吹き出してしまったのです。
良かったぁ~、牛乳とかコーヒーとか飲んでなくて(笑)

”阿闍梨餅”は、よく知らないのですが、こういう星野円道さんの行いを知ると、なんだかご利益がありそうで、食べてみたくなります。


> それと星野円道さんが32歳ということに興味がいきました
> 32歳でなぜそのような修行をしようと思ったのかとか
> 仏門に入るきっかけは何だったんだろうとか・・・

これは、僕も気になります。
名前から察するに、家がお寺か何かではないかと思います。
しかし、この修行をしようとする動機などは、是非とも聞いてみたいですね。
居酒屋あたりで、ビールか焼酎お湯割りでも飲みながら(^^;


> 山にこもって修行したらわかるんとちがいますか

なるほど、そうか!!
しかし、僕の場合、山にこもってしまうと、野生化したヒトになってしまいそうですねー
でも、そうなると、「人間とは、なんぞや」という問いにも、明確な答えがでるような気がします。

やる気は、ありませんが(^^;

しかし、「野生化したヒト」って、一体どんなんやねん!?(爆)

PS:
ああぁ。話がどんどんずれてきてしまった(汗)
また悪いクセが出てしもたー


投稿: 新猛虎道 | 2007/10/27 15:49

まーま

投稿: マンション | 2007/10/28 18:29

解る人には解る・・てわしの事?w

そういう事なら、だいたい解りましたwww

え~~~と・・

人間とはなんぞぃや?

わしが考えている 人間とは?は、

子孫以外にに己が生きた証を残そうとするもの

ではないかな・・と。
人間以外の生き物にはちょっとムリでは・・個としてね。
わしもこの世に生を受けた限りは、なにかを残して行きたいなと思いつつ、日々精進させてもろてます。

まぁしかし まだまだたいしたモンは残せてないなぁ。

投稿: ありゃま | 2007/11/03 01:20

あけました。
新年おめでとうございます。

暮れには虎軍奮闘を退会し、新猛虎道さんにはご挨拶もせずすみませんでした。まぁ、カキコしていたようなグダグダな理由で、あそこに出入りするのが少々負担になりまして。

今年はぬるぅく応援しようと思います。
昨年同様、大阪に行く機会はありますので、また甲子園もトライするつもりです。

今年もどうぞよろしく。

投稿: 老婆心 | 2008/01/02 21:20

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